物語のラスト、未来から戻ったドクはマーティとジェニファーのもとへ、ふたりの間に産まれる子供の危機を告げる
「急がないと手遅れになるぞ」
日本語吹き替え版のドクのセリフだ。
マーティ、ジェニファー、ドクの三人は未来に起こる問題を解決するため、デロリアンでふたたび旅立つ
吹き替えが豊富すぎることでお馴染みバック・トゥ・ザ・フューチャー
マイケルJフォックスことカッコインテグラと元フェスターおじさんのどたばた時間旅行
見知らぬ両親
本作はSFホラーともいえる残酷なラストを迎えた。それは、冒頭(A時点)にいた冴えない家族が、マーティが戻った世界(B時点)では自信に満ちた別人に上書きされてしまっていることだ。小説家として成功したジョージや健康的で満たされたロレインは、A時点の家族より幸福そうに見える。しかし、彼らはマーティがともに過ごし、分かち合った17年を知らない。逆にマーティもまた、この成功した家族の積み上げてきた幸福な思い出をなにもしらない。
過去が変わったことで、単に状況が改善したわけではなく家族の入れ替わった。
この残酷さを生んだのは、物語の構造だ。
完成された脚本の副作用
マーティにとっても我々にとってもB時点にいるジョージはA時点の延長にいるはずだった。
BTTFでは構造としてすべてが回収される。
デロリアンのエンスト、ポケットにしまった手紙、ウォークマン、盗まれたプルトニウム、25分遅れた時計、時計台に落ちた雷
回収される世界では失敗も後悔もない。すべては設計であり、偶然は存在しない。そして、完璧な構造は、物語の中の人間を連続した存在でいさせない。
A時点の延長として見ていたはずのジョージは、いつのまにか別のジョージになっていた。
両親との対等な対話
両親は完璧な存在ではなく、マーティはどこかで失望して生きていた。彼の知る両親は、ビフにいじめられ、言い返すこともできずにいる情けない姿のジョージとアルコールに溺れ、ジェニファーの若さに嫉妬するロレインは決してマーティにとっての未来もモデルではない。
1955年にタイムスリップし、同年代の他人として出会うことで、親子ははじめて対話が可能になる。
両親も自分と同じように未熟で、精一杯生きていたことを知り、理解ではなく弱さを持つ存在として受け入れることができた。
B時点において、新しい家族との再会を果たす。
マーティと両親の間にかつてあったような失望も上下関係もない、連続しているマーティの認識の中では対等な関係になれたからこそ、マーティの知る両親はもう存在しない。
そして、マーティ自身ももはや物語の内部にはいない。
我々と同じ立場に立たされている。
